1-p45(碧斗)-p39

2019/09/20

5(碧斗)-p38

(ああ、この人、オレだって気付いていないな)

 碧斗は確信した。一度だけ抱いた売り専と久しぶりに会ったのだ。普通ならもう少し気まずい顔をするはずだった。こちらを忘れているから、こんな無邪気な顔もできるのだろう。

 忘れるのも当然だ。

 数か月も前に抱いた、しかも気に入らなかった売り専の顔など、憶えているはずがない。気付かれないならこのままにしておけばいい。変に思い出させて、お互いに気まずくなる方が嫌だった。

 それでも久遠とのこの幸運な再会に、飛び上がるほど喜んでいる自分がいた。

「もう来ないかもしれないな。彼は」

 出入り口を見つめながら久遠が呟く。その真面目な横顔に、律儀な人物像が見え隠れする。

「いいです。あんな奴、何度来られても困るし」

 そんなつまらないことで気を病んで欲しくはないから、そう答えた。

「ああいうクレーマーみたいな客は、よく来るの?」

 久遠のしゃべり方は、相変わらず温みがあって、落ち着いていて、鷹揚だ。それに懐かしさを覚え、胸を震わせながらも、碧斗はそうと気付かれぬように平然を装った。

「ええ。たまに」



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